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ゾンビ日記

2013年02月11日
押井守著「ゾンビ日記」(角川春樹事務所)を読了しました。
<引用開始>
運命の日から数年後、生きている人間を探し求めて東京を彷徨ってきた男は、静かな絶望のなかにいた。男と共存するのは、犬や猫の動物ではなく、徘徊するゾンビのみ。人を襲わず、なにも食らわず、何にも関心がない。男の他には、“生きている”人間はいなかった。残された食料で生き続ける男は、無偽な生活から逃れるように、やがて銃を手にする――。ゾンビたちが出現した理由は? 運命の日には何が起こったのか? アニメ・映画監督の押井守が描く、新しい小説世界!
http://www.kadokawaharuki.co.jp/book/detail/detail.php?no=4229
<引用終了>
「攻殻機動隊」「スカイクロラ」といった作品をものした押井守がどんな小説を書くのか?
ましてテーマがゾンビです。きっと面白いに違いない、とわくわくしながら読みましたが。

結論からすると、私の期待は大きく裏切られました。
なぜなら、出現してくる夥しいゾンビは、ただただ歩き回っているだけ。生きている人間に襲い掛かったり、食いついたりということが一切ない。
ゾンビ=禁忌の存在、という前提が大きく揺らいでいるのですね。

末世ドラマ「ウォーキングデッド」を視聴している身としては、甚だ物足りなく感じる。

それでも、死者が大量に出てきたことで世界はパニックに陥った、らしい。主人公の男以外に、誰一人として生存者が物語に出てこない。何かの災いで滅亡でもしたのか?その理由は何だろう?とドキドキしながら読み進めました。
映画「アイ・アム・レジェンド」のような展開になりはしないかと淡い期待を抱きつつ。
しかし、その期待もむなしく、最終盤で生存者二人が出てくるだけでした。
それも主人公と同じようにゾンビ狩りをしていたらしい。

それ以外に何が書かれていたかというと、射撃と銃に関する薀蓄が延々と連なっているだけ。なんだろうこの作品?シナリオの習作みたいです。

大きく期待と予想を裏切りました。ご一読はお勧めしません。

メイドインジャパン最終回

2013年02月10日
結局、昨晩も見てしまい全三回を通しました。NHKドラマ「メイドインジャパン」。
引き換えた「なくな、はらちゃん」の見逃し分は、動画サイトで見てみよう。
<引用開始>
譲原会長の策略により、ライシェをリチウム電池の技術盗用に伴う不正競争防止法で訴えることになった矢作たち。それはかつての友・迫田を二度切る行為だった。再建チーム内では柿沼が訴訟では倒産は防げないと判断し、桂一郎社長と共に会社更生法の準備を進めることになる。そんな中、迫田が自らの潔白を立証するため来日して記者会見を開くことに。対抗して矢作は同じ日に会見をぶつけ、迫田の違法性を暴こうと決意する。
http://www.nhk.or.jp/drama/madeinjapan/next/index.html
<引用終了>
いろいろ意見しながらも、それなりに見ごたえがありました。最終回は広げすぎた物語をどのようにまとめ上げるのか注目してましたが、最後は人びとの心がひとつにまとまっていくというところで終わりましたね。

会社や組織、家族、友情といった人同士のつながり。それらの破壊ではなく再生と再起を訴えた内容に仕上がったと思います。
会社は生き残りを模索し、主人公もどうやら離婚を回避したらしいところで物語は終わっています。

ただ、私はその先の話も見てみたい。会社を追われた迫田は拾ってもらった中国企業を再び追われるような形になっています。タクミ電機の再建も見通しは立たず、矢作の家庭を顧みない故の離婚とそこからの家族再生。

そのあたりの後日談をドラマ仕立てで見なかった。毎日の地味な積み重ねですからドラマにはなりづらい部分だろうとはわかります。しかし、気分的にはそれらを渇仰する自分がいるのですよね。

そうした再生や再起は、見る側各々が自分で作っていくべき話なのかもしれませんが。
見終わったあなたが、今度は主人公だよ、といわれたのかもしれません。

いいドラマでした。

成功と挫折

2013年02月09日
江副浩正氏がなくなりましたね。
<引用開始>
時代画す光と影 天才起業家、金権政治助長

8日に亡くなったリクルート(現リクルートホールディングス)元会長の江副浩正さんには、新しい情報ビジネスの開拓者という「光」と、関連会社の未公開株を有力者らにばらまいた「影」がつきまとった。リクルート事件の贈賄罪で有罪が確定して10年。波乱の人生を文化活動に熱心な財団法人理事長として終えた。

江副さんは、東京大在学中に手がけた大学新聞の広告事業を基に、学生向けの就職ビジネスを一大情報産業に育て上げ、ベンチャーの雄となった。リクルートHD社員は「旺盛な起業家精神は、現在も受け継がれている」と語る。
<引用終了>
正直に言えば私は、リクルートとその手がけた事業をあまり積極的に評価しません。といっても教育分野からしか関わっていないが、例えばSPIとかRODとか、その元とする思想が私には全く受け付けられなかった。

教育ビジネスで何度か関わりましたが、一部を除き多くのスタッフの人たちにも馴染めない雰囲気もありました。

プロジェクトで「何をそんなに焦っているの?」と惑うこともしばしば。スピードが違う。

話は逸れるけど「スピード感」っていうのもなんか嫌な言葉です。「スケジュール感」もそう。言ってる本人は、こちらを主に急かしているつもりで使うのだろうけど、肝心なとこを「感覚」で済まされてたまるかと思う。閑話休題。

そのように、協働していて戸惑う日々であったが、馬力がある人は多かった。多少乱暴であったけれど、想定したよりもずっと早くプロジェクトが終了したのは彼らの尽力のおかげ。そこは今でも感謝してます。
そして多くの人が創業者のことを慕っていたことを記憶している。それだけ人間的魅力が溢れていたのだろう。現役時代はともかく、晩年手がけた財団での仕事は立派だと思います。

リクルートが、例の事件で苦境に陥った際、ダイエーの傘下に入ったこともありましたね。
中内さんと江副さんが実は同郷であったと聞かされたことがありました。
創業から一代で成功して財を成すも、その後挫折。よく似た経緯を辿った二人。
こういうサクセスストーリーは、閉塞した今ではもう生まれないのかもしれない。合掌

協同労働

2013年02月08日
昨晩放送された「クローズアップ現代」は、大変に興味深い内容でした。
<引用開始>
働くみんなが“経営者”~雇用難の社会を変えられるか~
「雇う」「雇われる」の関係ではなく、働くみんなが“経営者”として、全員が納得いくまで経営方針を話し合い、自分たちの給料も決める。こうした「協同労働」という働き方が注目されている。埼玉県深谷市では、主婦10人が「協同労働」で豆腐屋を設立。配食、介護など次々に事業を拡大し年商3億7千万円を達成、地域経済の大きな柱になっている。スペインでは、8万3000人を有する巨大な協同労働組織「モンドラゴン」が、経済危機の真っ直中でも急成長を続けおよそ2千人近くの雇用を創出。家電製造、銀行、流通など280種類以上もの業種を経営している。さらに最近では、一般企業の就職から押し出された若者たちが数多く協同労働に従事し、これまで得られなかった労働意欲や“やりがい”、将来の希望を手にしているという。協同労働とは、いったいどんな働き方なのか?閉塞した時代を切り拓く新たな手がかりとなるのか?その可能性を探る。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3307.html
<引用終了>
協同労働、などと聞きなれない言葉を耳にしたけれどこれ、つまり協同組合のことですよね。

生協とか農協と同じカテゴリーに入るのだろうけど、皆が経営者で皆で事業を担う形は、日本の法律上でまだ完全に明文化されていないようです。
英語だとワーカーズ・コレクティブと呼ぶらしい。

こうした選択肢と働き方があるのは大賛成。けれど今まで何故話題にならなかったか?
多分、協同組合、というスタイルに対する自民党などの拒否感が強かったからですよね。
生協の場合、その成立の経緯から日本共産党に親和性があり、それでいて巨大な売り上げを持つから、自民党と小売業一般からは疎まれました。

番組で協同組合と呼ばずに、わざわざ協同労働としたのは、そういう言葉に対するアレルギーを和らげようと自民党等に配慮したように感じます。

そういえば日生協の仕事をしたことがあり、印象的な出来事がありました。
古くなった研修用テキストをリニューアルする仕事だったのだけど「利益は悪だ」と書いてある箇所があったのですね。

よく読むと、皆で分配しあう剰余金ならよいが、利益というのは一種の不正をして獲得できるような性格のものだと書いてある。

う~ん。住友家の家訓に「徒(いたずら)に浮利を追わず」をいう文言がありますが、これに多少近いのかもしれません。

地域に密着して、地域と共に発展していく協同組合。アンチグローバリズムとしてひとつの潮流になっていけばそれはそれで面白いなと、思います。

名乗ることはない

2013年02月07日
国会議員が出てきて混迷の度が深まってきていますね。しかし、名乗ってはいけないぞ。
<引用開始>
柔道パワハラ告発「私が引き取り伝えた」 山口香氏説明
柔道女子日本代表の園田隆二前監督(39)ら指導陣が女子選手に暴力やパワーハラスメントをしていた問題で、日本オリンピック委員会(JOC)の窓口として選手の告発を受け付けた女性スポーツ専門部会が6日、東京都内で会合を開き、山口香・部会長(筑波大大学院准教授)が「私が引き取る形で、市原則之専務理事や竹田恒和会長に伝えた」と経緯を説明した。
山口部会長は女子柔道が公開競技だった1988年ソウル五輪の銅メダリストで、全日本柔道連盟の広報副委員長。会議後、告発した選手15人の実名の公表については「公表しても選手の不利益にならないと保証されておらず、時期尚早と思う」と述べた。JOCの市原専務理事も「選手を守らなければいけないので、実名を公表するつもりはない」と話した。
http://www.asahi.com/sports/update/0206/TKY201302060321.html
<引用終了>
橋本聖子が「プライバシーを守ってもらいながら、ヒアリングをしてもらいたいというのは決していいことではない」などと、正体を現すよう促す発言をしていますが冗談ではない。
告発者にとって、いいことはひとつもない。特定されたら必ず潰されます。
個別の問題に持ち込まれて、不満分子として片付けられ、大きな問題は必ず棚上げされる。

しかも、告発者とはつまり「チクリ屋」だ、と反射的に受け取る人が多い。不正や間違ったことがあり、勇気をもって声を挙げてもそのことが非難のもとになってしまう。なぜ、違ったやり方で戦わなかったかと文句まで言う。
できなかったから告発した、という事実が理解できていない。

食肉偽装のミートホープでの内部告発者や、オリンパスの社内告発者がどんな扱いを受けたのかを思い出せばよくわかります。我慢は美徳とでもいうか。
皆、同じような思いをしているのだから、横並びで不幸を甘受しろよ。
まるで“抜け駆け”は許さんという意識です。

今回は女子選手が告発者。残念ながら、男女差別の残滓がもっとも色濃い世界であるから、裏切り者としてバッシングする気がまんまんです。

実名公表に関して、現時点では如何なる条件も呑んではいけません。

“秘密録音”社会

2013年02月06日
昨晩のNHKクローズアップ現代を見て、苦笑しました。ようやく追いついてきたかと。
<引用開始>
広がる“秘密録音”社会
今、相手に告知することなく無断で会話や電話を記録する「秘密録音」が社会に急速に広がっている。ICレコーダーなど小型録音機の技術革新に伴い、職場内の会話、いじめ、家庭内DVや離婚協議、警察の取り調べなど様々なやりとりを、市民みずからが記録し証拠として活用し始めているのだ。

ビジネスの現場でも、客との電話を録音する企業が急増、クレーム対応やトラブル防止に役立てている。現在の法律では、こうした秘密録音に対して明確な規定や制限はなく、最高裁の判例でも証拠能力が認められている。

しかしその一方、録音データを改ざんして悪用したり、これまで暗黙の了解だった関係に“ヒビ”が入り信頼が損なわれたりするケースも相次いでいる。秘密録音はなぜこれほど広がり、我々の生活にどんな影響を及ぼしているのか、その現状と課題を描く。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3305.html
<引用終了>
かなり前から私は、会議などの録音を無断でやっていました。無断というと何となく印象が良くないですが、全ては自己防衛のために始めたのです。

最初に勤めていた会社でいきなり、会議室に呼び出されて退職勧告を受けたことがある。そのときに、退職条件などを口頭でのみ説明され、じゃあ仕方ないですねと受忍したのだが、割増金などがどう考えても安い。
あのときと違うじゃないか?と問うと「そんなこと言ってない」で、後は水掛け論です。
言質を残しておくことも必要だ、性善説のみでは難しい局面もあると悟って、極めて遺憾ながらそういうことを始めたのです。

録音したのは自身の人事に関わることに限定しました。最初は録音できるカセットのウォークマンをこっそりポケットに忍ばせてです。不自然にかさばった。
後年は、ステレオICレコーダーを購入しました。音源はMP3に変換。たまにiPodで聞く。

採用面接でも携帯して、録音しました。後から聞き返してみると、面接の練習にもなりますし、面談相手がかなり間抜けなことを言ってることもわかります。そういう勉強もできますが、メインはやはり言質の確認ですね。

副次的なメリットもありました。録音機を忍ばせている、という安心感からか、その場ですごく落ち着けるようになったのです。精神衛生上、宜しいようです。

道徳的には議論が分かれますが、何の力も持たない個人には有効な手段だと思います。
パワハラ時代のささやかな対抗措置ですね。

共犯者

2013年02月05日
そういえば、そんなことがありましたですね。
<引用開始>
「私たちの声、内部で封殺」 女子柔道選手側の訴え全文

皆様へ

この度、私たち15名の行動により、皆様をお騒がせする結果となっておりますこと、また2020年東京オリンピック招致活動に少なからず影響を生じさせておりますこと、先ず以て、お詫び申し上げます。

私たちが、JOCに対して園田前監督の暴力行為やハラスメントの被害実態を告発した経過について、述べさせていただきます。

私たちは、これまで全日本柔道連盟(全柔連)の一員として、所属先の学校や企業における指導のもと、全柔連をはじめ柔道関係者の皆様の支援を頂きながら、柔道を続けてきました。このような立場にありながら、私たちが全柔連やJOCに対して訴え出ざるを得なくなったのは、憧れであったナショナルチームの状況への失望と怒りが原因でした。

指導の名の下に、又は指導とは程遠い形で、園田前監督によって行われた暴力行為やハラスメントにより、私たちは心身ともに深く傷つきました。人としての誇りを汚されたことに対し、ある者は涙し、ある者は疲れ果て、又チームメイトが苦しむ姿を見せつけられることで、監督の存在に怯えながら試合や練習をする自分の存在に気づきました。代表選手・強化選手としての責任を果たさなければという思いと、各所属先などで培ってきた柔道精神からは大きくかけ離れた現実との間で、自問自答を繰り返し、悩み続けてきました。

ロンドン五輪の代表選手発表に象徴されるように、互いにライバルとして切磋琢磨し励まし合ってきた選手相互間の敬意と尊厳をあえて踏みにじるような連盟役員や強化体制陣の方針にも、失望し強く憤りを感じました。 ( 後 略 )
http://www.asahi.com/sports/update/0204/TKY201302040293.html?ref=reca
<引用終了>
「ロンドン五輪の代表選手発表」が選手相互の敬意と尊厳を踏みにじるとは何だろう?

調べてみたら、これですね。
http://www.youtube.com/watch?v=uptnWd6J2ro
代表候補選手を一同に集めて、テレビ中継で発表を行なった。
その当落を本人たちの前で宣告して、一種のさらし者にしたのですね。

全柔連は、メディアに選手を売ったようなものですな。タレントのオーディションみたい。
そうなると、全柔連、彼らの体制だけが問題なのではないとわかります。

共犯者がいる。スポーツメディア。この責任もかなり重いと思います。
あらゆる場所にカメラを入れて練習なども取材していたのだから、暴力行為は始終見聞きしていたわけでしょう。それをこれまでずっとオミットしてきた。

いや、むしろレーティングに悪影響があるからと隠蔽の側に加担したのだ。
それを問題が大きくなると、手のひらを返して他人事のような顔をしている。ひどいね。

各競技やオリンピックに、何の検証も批判も問題提起も出来ないメディア。
今日も、旅行気分で温かいキャンプ地をえり好みで絶賛取材中というわけだな。

恥ずかしいです。

華と苦難の生涯

2013年02月04日
亡くなったのか。団十郎を名乗る人は、その名跡と引き換えるように苦労することが多い。
<引用開始>
十八番復活に尽力、神性すら感じる芸 団十郎さん死去
強烈な目力、圧倒的な存在感。江戸歌舞伎を代表する成田屋の宗家、十二代目市川団十郎さんが、充実の盛りで世を去った。

初代団十郎から350年余。不思議と早世の多い代々で、父の十一代目団十郎も襲名3年半後に、56歳で亡くなっている。団十郎さんもまた、57歳で白血病に倒れた。折しも長男・十一代目海老蔵の襲名披露興行のさなか。自らも19歳で父を亡くした悲しみ、苦労を思い、「絶対に戻る」と不屈の闘志で病と闘い続けた。復帰した時は「無間地獄から戻ったよう」と語り、費やした時間を惜しむように、舞台に立ち続けた。

若くして歌舞伎の象徴である家の重圧と責任を一人で担い、黙々と芸を磨き続けた。家の芸「歌舞伎十八番」には思いが深く、楽屋でこつこつと歌舞伎十八番の演技書を書き、上演されなくなった演目を何本も復活した。十八番のなかでも根幹である荒事芸が得意で、「暫(しばらく)」では超人的なパワーが炸裂(さくれつ)し、「勧進帳」では幕切れ、神性すら感じる迫力の飛び六方に、拍手も忘れ、手を合わせる観客の姿もあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130204-00000005-asahi-soci
<引用終了>
歌舞伎にはまり、劇場通いやテレビ中継を欠かさず見ていた時期があります。
当時大学生でしたが、劇場に行くと周囲は年配者が目立つばかり。たまに、ご贔屓の役者目当てで若い女性連れが目立つこともある。彼女らの最大のお目当ては当時人気であった中村児太郎(現:福助)でした。児太郎は中村橋之助の実兄です。勿論、児太郎の出ない演目などには見向きもしない。そういうときは多分、私が最年少の観客でした。

昨日亡くなった十二代目は、当然ともいえるが実父の十一代目団十郎と何かにつけて比較され続けました。十一代目は“海老様”と呼ばれ、美男で大変な人気がありました。

それにくらべて当代は華がない、芝居が硬い、口跡がよくない・・など等。私も、口跡がもうひとつだな、と軽んじていました。声の通りがあまりよくはないのです。張り上げても、うまく響かない。親父と比べられて、わりを食っているなと思いました。

その見方が少し変わったのは、国立劇場で歌舞伎鑑賞教室を見に行ったときからです。
毎年一回、国立劇場にて初心者向け、高校生向けに歌舞伎啓蒙を図る一幕ものの狂言が行われます。
最初に歌舞伎役者が出てきて、一くさり歌舞伎の歴史や見方を解説。その後に代表的な狂言を一幕やって、確か1500円で見られたと思う。
私の周りは女子高校生ばかりでした。

私が見に行った日は、岩井半四郎が解説をやりました。半四郎は仁科亜希子の父ですな。
その後に続く演目が「毛抜き」歌舞伎十八番のひとつで、市川団十郎家の芸です。

粂寺弾正(くめでらだんじょう)という侍が、城中である奇病に見舞われた姫君を救うという話なんですが、ちょっとした推理仕立てになっていて初心者でも大変に楽しめる演目です。
このときの粂寺弾正を演じたのが海老蔵(現団十郎)でした。この男、豪快で頭も切れるのですが、腰元や可愛らしい男児に言い寄ったりとハチャメチャな人物です。
そのひょうきんぶりを海老蔵はよく演じていました。

やがて謎を暴き、殊勲を果たした弾正は、悠々と花道を去っていくのですがその瞬間「海老様!」と大向こうから声がかかりました。あれは忘れられない。
おお、久しく途絶えていたその掛け声。父親への代名詞ともいわれるその賞賛を受けたときに、先々大変な役者になるかもなとそのとき思いました。

歌舞伎鑑賞教室、今でも続いているんです。調べてみたら、出演こそしていませんが団十郎が監修に携わっていて、もう胸が熱くなりました。
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2012/2471.html

篤実な彼のいかにもやりそうなことです。地味ですが、代々伝えていくためには大切な啓蒙活動。文楽を腐したどこぞの首長に爪の垢でも煎じたい。
ご冥福を祈る。

メイドインジャパン第二回

2013年02月03日
昨晩のNHK「メイドインジャパン」第二回を見ました。第一回よりは幾分ましに映りましたが。
<引用開始>
かつての盟友・迫田の登場により、中国企業ライシェとの交渉が決裂した矢作たち。再建チームは次の提携先としてドイツ企業マンハイムと交渉に入るが、先方の要求は譲原会長と桂一郎社長の退任だった。おりしも新聞記者根来が、タクミ倒産の危機をすっぱ抜いてしまう。矢作は会長の元に向かい辞任を迫るが、譲原会長はあっさり受け入れ臨時取締役会を開く。だがそれは矢作をはめるための罠だった。
http://www.nhk.or.jp/drama/madeinjapan/next/02.html
<引用終了>
初回は登場人物それぞれの背景説明に力点が置かれた分、やや散漫な印象がありました。
第二回は一転して、交渉事や解決についての描写もそれなりに描かれてなかなかよかった。
しかし、不満な点もまだ残ります。いくら特命チームとはいえ、会長に直々に退任勧告を一介の営業部長が進言できるものかどうか。言えるだろうか。
諫死という発想があります。主君の行き過ぎを諌める家来が、諫言の無礼を詫びるために切腹するもの。これに近い感覚を役員でもない営業部長が実行できるかな。ふつうは直属上司にお伺いを立ててお茶を濁すんじゃないか。ドラマだから仕方ないのか。

会長に岸辺一徳、営業部長に唐沢寿明の組み合わせ。なんか視たことあると思ったら「不毛地帯」でやってるんですね。野望を持った老獪な副社長が岸辺、それを諌める取締役が唐沢だった。唐沢では貫目が足りないかもしれない。どうも軽く見える。

中国メーカーの技術責任者迫田が高橋克実。これが唐沢扮する矢作部長と同期入社で家族ぐるみの付き合いだったという設定。脚本の井上由美子はここで話を広げてきます。

迫田は中国に単身赴任。家族の話題は出てこない。やがて、彼について中国にきた妻と娘は、当地で車の運転中に事故で死んでいたことが明かされます。

モノづくりをしたい、と願う夫の強い要望に根負けした妻はしかし、中国での生活に馴染めず、心を病んだ末の事故死であったのだと。
そして彼ら夫婦の間には、息子もいた。その息子が、タクミ電機倒産をスクープした。息子は新聞記者になり、家族を省みなかった父親、その父をリストラで放擲したタクミ電機を激しく憎むようになる。
やがて、矢作営業部長は彼のもとにしつこく取材をしかけてくるその記者が、迫田の息子であったことを思い出すというわけです。

おいおい。ちょっとおかしくないか。家族くるみの付き合いしてて七年間も音信不通であったとしても、大学出て社会人になってる友人の息子がわからないことがあるのか?この男、矢作の高校生の一人娘に接近して情報を取ろうとドラマでは動くけど、家族ぐるみの付き合いだったら『お兄ちゃんなの?』ってわからないかな。それもこれも、ドラマだから仕方ないのかな。

次回が最終回。広げすぎた風呂敷をどうやって畳んでいくのか。けだし見ものです。
次回も楽しみにしておこう。

暴力と共依存

2013年02月02日
見て最初は驚きました。そこまでやるんだ。よくよくの思いだろうと。
・・・わりと頭の形がきれいでよかったな。エイリアンのシガニー・ウィーバーとか西遊記の夏目雅子もやった。最近では化粧品のCMでか、ICONIQというタレントもやってたなあ丸刈り・・・。ぼんやりとそう思っていたのですが、時間が経つにつれ、ドンヨリとしてしまいました。そう。AKB峯岸みなみの丸刈り問題です。
誰も望んでも求めてもいないのに、そんなことをやるなよって思う。あれは暴力です。
<引用開始>
人気グループAKB48の板野友美(21)が、1日深夜に放送されたニッポン放送『AKB48のオールナイトニッポン』に出演した。板野は熱愛騒動を受け丸刈りにした峯岸みなみ(20)について「そこまでちゃんとできるっていうのは、本当にファンの人に謝りたいって気持ちが強かった。なんかすごいなって」と自身の考えを明かした。

また、峯岸が謝罪後に、高橋みなみ、篠田麻里子、前田敦子らと一緒にピースしている写真をツイッター上に掲載したことについても言及。「彼女自身、反省してたし落ちてた」と気持ちを代弁し「1期生として、とりあえず励まそうじゃないけど、温かい会になればとみんなでごはん食べていろんな話をしてそこまでずっと反省してたからファンの人も心配してるし最後だけでも楽しく写真撮ろうってとって私があげたんですけど…」と経緯を明かした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130201-00000358-oric-ent
<引用終了>
自分ひとりで決めて髪を切ったという。自罰行為だからいいでしょうというつもりなんでしょうが、これは明らかな自分への暴力と思います。男が断髪するのとはまた次元が違う。彼女にすれば切腹に近いような心象ではないか。しかし、それを見せ付けられるこちらも痛みがあります。突然の謝罪行為を押し付けられたに等しい。

だいたい、誰に向かって謝罪したのだろう。繰り返すが誰もそんなこと頼んではいない。
自分自身にケジメをつけたというつもりかもしれないが、それを謝罪と受け取らない人も少なくありません。少なくとも私はそう。目にするたびにこちらの気持ちが塞いでしまう。まるで自分がやられたように錯覚します。

謝罪する、というのは所詮は主観的な問題であり、誠意なり態度の示し方はもっと穏当なやり方がいくらでもある筈なのに。私は研究生降格で十分じゃないかと思いました。過剰なまでの目に見える謝罪行動に慄くばかり。

今回のことで暴力行為は三つある。自ら丸刈りにして謝った気分になっている峯岸本人。その謝罪動画を撮ってアップした運営。さらにその動画をわざわざ番組で採り上げて何度も繰り返し流すテレビ。NHKまでやりやがった。おかげで見たくないのに目にしてしまった。

上記記事に出てくる板野友美のコメント。補足しておくと、謝罪動画を上げた直後に、彼女を励まそうと仲間が集まって写真を撮ったわけです。そのなかで両手でピースサインして峯岸は写真におさまっている。謝罪直後にピースサインっておかしくないかとまた話題になってしまった。ちょっとした言動が火に油を注ぐ。

丸刈りにする、謝罪する、動画にあげるという一連の行為が相当なストレスを受けたことは間違いない。その大任を果たしてほっと安堵する。「体をはってこれだけ謝ったんだ」。一種の高揚感と陶酔につながり、ピースサインに出たのだろうと思います。

なんとかAKBに残りたい峯岸と残したい運営側。利害一致してますが、それは暴力の介在した共依存と私には映りました。

これは今、問題になっている女子柔道の件と似た構造です。「一方的な信頼関係だった」と園田隆二は語りました。(一方的な信頼関係って言葉はほんとは変。信頼していたつもりだった、が適切な使い方でしょうがそれはさておき)

よかれと思って手を出した、と園田は説明します。この行動、峯岸の丸刈りと同じではないか。「謝りたいから丸刈りにしてみた」。だから謝罪を受け入れろ、と。ここに信頼関係は成立していません。辛い思いをしたことだけはわかるけれど。暴力を伏在させた形でのこういう謝罪や釈明、本当に気持ち悪いです。

折角丸刈りにしたのなら、お寺にでも修行しにいったらいいじゃないか。
被災地でボランティア手伝うとか、峯岸の汚名返上の方法はいくらでもあるぞ。

PS:
よくあることだが、相手の側は今回も何もしないですね。こういう場合、一方的に責めを負うのはいつも女性ばかり。両人の合意によってのことだろうに。
「友達の一人と聞いております」と木で鼻をくくった事務所コメント。本人の釈明も謝罪も一切なし。プロフィール見たら、冴えない男。ご迷惑かけましたくらい言えばいい。卑怯ですよ。
一人の女性も救えないやつが、えらそうにステージになんか立つな。

本にだって雄と雌があります

2013年02月01日
小田雅久仁著「本にだって雄と雌があります」(新潮社刊)を読んでいます。
<引用開始>
旧家の書斎に響く奇妙な羽音。そこでは本たちが「結婚」していた!

深井家には禁忌(タブー)があった。本棚の本の位置を決して変えてはいけない。九歳の少年が何気なくその掟を破ったとき、書物と書物とが交わって、新しい書物が生まれてしまった――! 昭和の大阪で起こった幸福な奇跡を皮切りに、明治から現代、そして未来へ続く父子四代の悲劇&喜劇を饒舌に語りたおすマジックリアリズム長編。
http://www.shinchosha.co.jp/book/319722/
<引用終了>
小田雅久仁(まさくに)はファンタジー小説。2009年に「増大派に告ぐ」でファンタジーノベル大賞を受賞しています。

付喪神(つくもがみ)という概念がありますね。
鍋釜や柱、襖に障子にちゃぶ台など等が生き物であるという迷信。ものを粗末にしてはいけない、という戒めからきているのでしょうが、本にもこれがあるというのがこの小説で描かれています。

私達人間が寝静まった夜中に、本棚から出てきて飛び回る。それだけでなく雄と雌があって、これらが交わってしまう。するとその本の子供がやはり本として生まれてくるという。舞台は四代続く大阪の旧家です。

こんな小説は今まで読んだことがありません。地口の連発に、すぐ脇道に逸れてしまうストーリーテリング。しかしなんとも妙な味わいがあります。

冒頭が少しだけ読めます。試してみてください。
<立ち読みをクリック>
http://www.shinchosha.co.jp/books/html/319722.html

パワハラ

2013年01月31日
柔道に関してはこれまでずっと誤解してきたことがあるんですね。善意の解釈といいますか。
<引用開始>
女子柔道 園田監督が辞任の意向 会見で表明へ
暴力行為などがあったとしてロンドン五輪代表を含む15選手に集団告発をされていた柔道全日本女子の園田隆二監督(39)が31日午後、東京・文京区の講道館で会見を行い、全日本柔道連盟(全柔連)に進退伺を提出し、辞任する意向を示すことが明らかになった。

園田監督は来月5日、選手らとともにグランドスラム・パリ大会に向けて出発する計画があり、30日の時点では予定通りだったが、全柔連の上村会長は「今のままで行くにしても、あるいは(監督を)代えるとしても、きちんと(聴取の)結果をみなければ。真の解決はみていないと思っている」とし、監督交代の可能性にも言及していた。
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/01/31/kiji/K20130131005098040.html
<引用終了>
山下泰裕が以前に「私は柔道の稽古中では一度も体罰や苛めのような経験をしたことがありません」とインタビューで語ったことがあるんです。
ロス五輪の後くらいだったと記憶。彼の練習方法なども聞きながら、そうだろうな、でなければ世界と戦えないよなと勝手に納得していました。
よもや報じられているような暴力が横行していたとは思いませんでした。

あるいは育った環境で違うのかもしれない。山下の出た東海大でそうでも、園田隆二の出た明治では体罰が当たり前だったのかもしれない。
「逆らったら代表に選ばれないかも」という恐怖感でしたがっていたらまぎれもないパワハラ事案です。考えてみれば、例の内柴正人の不祥事もこうした土壌の延長線で起きたことなんでしょう。
大阪の高校生の件が契機となり、私達も告発しようとようやく立ち上がった。

それにしてもJOCも全柔連も情けない。責任を取りたくないから監督続投だの、再調査だの散々と小芝居をうって、園田隆二の自発的辞任を仕向けたんですからね。
学閥の争いがあるのかもしれません。強化責任者は上村春樹で園田の先輩にあたる。跡目争いがあるか。柔道の有力学閥として東海大、国士舘大、明治大、天理大等が鬩ぎあっているんじゃないかと想像します。

五輪招致には逆風になっていくでしょうね。

ためにする警備

2013年01月30日
役人が今のうちに予算確保しておけってことか。単なる焼け太りだな。
<引用開始>
原発警備 機関銃や防弾車両を大幅増強
イスラム過激派などによるテロの脅威が依然、高い状態にあるなか、警察庁は全国の原子力関連施設の警備を強化するため、警戒に当たっている警察の部隊が使う機関銃や防弾車両などの装備を大幅に増強することを決めました。

国内の原子力関連施設については、テロの標的になるのに備えて機関銃などを装備した警察の銃器対策部隊が22か所の原子力発電所などに常駐し、24時間態勢で警戒に当たっています。
警察庁は、イスラム過激派などによるテロの脅威が依然、高い状態にあるなか、銃器対策部隊の機関銃や防弾車両などの装備を大幅に増強することにしたもので、原子力関連施設の警備のための予算としては今年度の4倍余りに当たる17億5000万円を新年度予算案に盛り込みました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130130/k10015154711000.html
<引用終了>
このニュースを見て混乱しました。「イスラム過激派などによるテロの脅威」って何だ?
日本にわざわざ来襲するのか?どんな理由で彼らはテロ行為を働くのだろう?
そのあたりのことが何も説明されてなくてあまりにも拙劣な対応です。

はっきり言えばいいんですよ。より多くの予算を獲得しておきたいから、理由にしましたって。理屈と膏薬どこでも貼り付く、ってやつ。
四倍もの予算っていうけど、どこに費消されるんだろう。使い道を示してくれるのかね?警備上の都合とかで、明らかにはしないんでしょう。
その金をプールしてあとで好き放題にするんだろうね。

それより、イスラム過激派などと名指しで敵視するのはどうなんだ?
今度のアルジェリアの事件が起こるまでは、おおむね平穏だったではないか。いや、今度の事件も詳しいことがまだわからない。テロリストが犯行に及んだとされているだけで、証人も証拠もろくに出ていない。最初に五人が射殺されたとされながら、次の日には四人となったり、情報錯綜しているのでなく、恣意的な処理がされていると映ります。そうしない、とまずいことがあるんでしょう。拙劣な事後対応とかいろいろと。

アラブやマグレブの人たちが最も嫌うのがイギリス人とフランス人。次いでアメリカ人という順です。日本人は好感度が高かったのにね。イランからの出稼ぎも多かったし。「国に帰ると、一日数度の礼拝が面倒なんすよ」「日本だと楽なんす」なんて茶目っ気たっぷりに話してくれるやつもいました。

それをここでイスラム過激派なんてレッテル貼りをすると、相手が愛想をつかしてくるぞ。程度の低い連中が凶暴化することだってある。グローバル化を目指す、としながらあまりにも内向きな対応ではないか。

それに、イスラム全般について大きな無知と偏見が罷り通っている。一部にイメージされる狂信的な教義でもなんでもない。例えば「五行」に「六信」。実に合理的な体系を持っています。
ご関心あれば、以下の本をお勧めします。

イスラームから世界を見る 内藤正典
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480688859/

吉本隆明という「共同幻想」

2013年01月29日
呉智英著「吉本隆明という『共同幻想』」(筑摩書房)を読了しました。
<引用開始>
吉本隆明。戦後最大の思想家?本当だろうか?「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、明快な筆致でずばりと論じ切った書き下ろし評論。

序章 「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」
第1章 評論という行為
第2章 転向論
第3章 「大衆の原像」論
第4章 『言語にとって美とはなにか』
第5章 『共同幻想論』
第6章 迷走する吉本、老醜の吉本
終章 「吉本隆明って、どこが偉いんですか?」
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480843005/
<引用終了>
吉本といえば、今は吉本興業を連想される人が多いでしょう。私の大学時代は違いました。それは「戦後最大の思想家」といわれた吉本隆明を指します。

作者の呉智英は、なんとなく面倒くさい人という印象がありましたが読んでよかったです。
私が長年抱え続けてきた吉本隆明に対するある種の気後れ感を解消してくれましたから。

私が読んだのは「共同幻想論」「言語にとって美とはなにか」「固有時との対話」くらい。

しかも前二作は、いいから読んでみろと言われてしぶしぶ手に取ったもの。
白状すれば、読むというより字面をただ追ったに等しい作業でした。いや、作業というより苦行に近かったものです。彼の著作はとにかく言葉と言い回しが難解。まるで意味がとれない。

詩集については、彼が一時期同人であった「荒地」にトライしたことがあり、鮎川信夫、中桐雅夫、木原孝一、黒田三郎などと共に読みました。
こちらはまだ意味がとれなくもない。

しかし「共同幻想」「言語美」を読んではっきり決めました。敬して遠ざけることを。

“分からないものは分からない。あなたの言ってることを賛成も反対もしない。分からない私が悪い。だから、もう求めてこないでください”

そんなことを言い募って、吉本賛美者の追及をかわして来ました。そう、彼の心酔者って少なからず学校の周囲にいたのです。特に年齢が三歳以上上の人たちから、折に触れて読書とその感想を求められてきました。
「吉本も理解せずして文学を語るな」みたいなことを山のように言われました。だから頑張ったのです。

でも、やはりわからない。
例えば1955年に出された「芸術的抵抗と挫折」(未来社)に収録された「マチウ書試論」という有名な論文の出だしが次のとおり。

“マチウ書の作者は、メシヤ・ジェジュをヘブライ聖書のなかのたくさんの予約から、つくりあげている。この予約は、もともと予約としてあったわけではなく、作者がヘブライ聖書を予約としてひきしぼることによって、原始キリスト教の象徴的な教祖であるメシヤ・ジェジュの人物をつくりあげたと考えることができる”

お経より難解です。日本語をランダムに並べているのかって思わせる。

ところが呉智英の本ではこれを明快に解釈していました。それによれば、マチウ書とは、新約聖書のマタイ伝のこと。メシヤ・ジェジュとはイエスキリスト。ヘブライ聖書とはいわゆる旧約聖書。予約とは予言を意味する言葉。

日本語訳してみるとつまり「マタイ伝の作者は、イエスキリストを旧約聖書のたくさんの予言から、つくりあげている」ってことなんですね。

ではどうしてこんな分かりにくい言葉で書いたのか?調べてみると吉本はフランス語の聖書を読みながら、この文章を書いたのだそうです。
それでマタイという英語読みよりは、フランス語読みの「マチウ」がいいと思って「勝手に直した」のだという。同じように、英語読みのイエスをフランス語読みの「ジェジュ」にしたのです。

そうだったのか!ひどい話だ。一体、誰に向けて書いているんだよ。

このように呉は、本書で吉本の難解な言葉や文章を一刀両断に評します。そこにさも新奇な意見がありそうで、実は結論はたいしたものがない。しかし分かりにくさゆえに熱狂的信者を生み出していったのだと。熱狂的信者は勝手に得心し、吉本をさらに崇める。そして屈折した文学青年をいっぱい作り出していったのだと断じています。

たしかに80年代中盤までその流れはありましたね。私は82年に大学を卒業しましたが当時も、熱狂的読者がいました。周囲と摩擦ばかり起こしている人もいた。大半は郷里に帰って教師をしているらしいが、あの人たちはどうしているのだろう。80年代後半からの彼のおかしな言動をどう受け取ったのだろうか。没する直前には「反原発で文明は猿のレベルにまで退化する」と言ったのだが。

でも、よかった。結果オーライとはいえ、自分は敬遠していてよかったのだと確信できた。
けっして乗り越えるべき壁ではなかったんだって。

本書は200P余りですぐ読めます。ご関心ある方は是非ご一読ください。

逃走

2013年01月28日13:50
薬丸岳の「逃走」(講談社)を読了しました。「天使のナイフ」で乱歩賞受賞の作家ですね。
<引用開始>
早期解決を確実視された殺人事件。容疑者の若者は何のために逃げ続けるのか?驚愕と感動のラストが待つ、乱歩賞作家による逃亡劇。

閉店後のラーメン店で、店主が何者かに暴行され死亡した。通報により駆けつけた救急隊員に、「約束を守れなくてすまない」と声を振り絞り、被害者は息絶える。通報した若者を容疑者として始まった捜査は、早期解決が確実視されていたはずだった……。
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2178834
<引用終了>
誉田哲也「ブルーマーダー」を読んだ後ということもあるけど、話が重く感じられました。
薬丸岳の描く物語は、少年法に護られた犯罪者や性犯罪、心神喪失での犯罪行為などがテーマであることが多く、被害者がなかなか報われないことが多いのです。

今回も、妻が夫を殺めるという極めて重いテーマを扱っています。
その夫婦の子供たちが主人公になりますが、そのうちの一人がある事件を起こして失踪し、親の事件の真相を追い求めていくという話です。
スリルやサスペンスはそんなでもなく、謎だけが残っていきます。
従来の薬丸作品と同じく、読み進むにつれて哀切さが際立ってきます。
前作「死命」も、重病を抱えた同士の犯人と刑事の追跡劇でした。
もうちょっと明るい希望が見える話を読んでみたいところです。
時間のあるときにご一読を。

メイドインジャパン

2013年01月27日
繰り返された番宣に煽られる形で、昨晩NHK「メイドインジャパン」を視聴しました。
<引用開始>
円高、欧州債務危機、中国・韓国等新興国の追い上げ。
製造業が軒並み危機を迎える中、巨大電機メーカーが、「余命三か月」の倒産の危機に追い込まれた!
会社の命運を握るのは、営業、財務、工場の現場で先頭に立ってきた3人の男。
かつて世界中でテレビを売りまくった営業マンが、会長の特命でリーダーとなり、
秘密裏に七人の「再建チーム」を結成。起死回生の倒産回避に奔走する。

だが彼らの前に、一人の日本人技術者が立ちはだかる。
男は営業マンの盟友だったが、会社をリストラされ壮絶な過去を経ていた。
今、男は己のリチウムイオン電池技術を武器に、自分を切り捨てた友へ宣戦布告する。
「技術は誰のものか」という争いの中、日中の巨大企業の激突が始まる・・・。
日本人にとって、会社とは、人とは何なのか?
「メイドインジャパン」は生き残ることができるのか?

―ドラマは戦後の日本を支えてきた物づくりの意義を問いつつ、逆境を乗り切ろうとする日本人の姿から、「メイドインジャパン」とは何かを正面から見据え、描いていく。
http://www.nhk.or.jp/drama/madeinjapan/about/index.html
<引用終了>
意余ってか。期待していた割には、少し物足りないというのが最初に抱いた感想でした。
全三回のドラマであり、初回は人物紹介などの性格も色濃いのであんなものだと割り切ればいいのだろうけれども。

ビジネスにもう少し寄ったところから描いて欲しい。同じNHKでいえば「ハゲタカ」とか「監査法人」とかいう感じで。大昔に緒方拳、松平健の演じた「炎熱商人」とかも印象深かったですね。
新興国からの追い上げや、技術提携と移転、知的財産権やその盗用といった話題については次回からもっと掘り下げてもらいたいところ。脚本は井上由美子、よく頑張っているとは思います。

俳優は実に豪華。例えば平田満、心ならずもリストラ役を任された苦衷がよく出ていた。冷たそうで温かく、でもやっぱり容赦なく人を切る役。実際にああいう人います。現場の叩き上げ社員を演じた國村隼も実際にいる感じ。酒井美紀は久しぶりに見ました。白線流し以来かもしれない。老けたな。

それにしても、会長直属で、社内改革しようという秘密のタスクフォースを起こす話。身につまされます。規模もインパクトも極小だけど、かって自分も同じ役回りをさせられたことがあるから。業績不振で希望退職を40名募り、事前に社長に呼ばれてお前は応募するな、退職させたい人は別にいるから、再生させるから是非残ってくれ。甘言に乗せられる形で何人かとともに居残ったが、一月後に反乱が起こって、当の社長は解任。煽りをくらった私も退職強要させられた。会社を私物化しようとしたと汚名まで着せられて。

昨晩のドラマでも、吉岡秀隆演ずる財務課長が、営業部長の唐沢寿明に向かって言う。『僕は前の会社でも、タスクフォースに入っていたからわかります』『会社が立ち直ればそれでよし。でも、出来ない場合は真っ先に切りやすい人間として僕らが追われるんです』と。

そうだ、そうなんだよ。ああいう場合、残ってはいけない。いわれた時点で真っ先に逃げるべきなんだ。今ならそれが身にしみてわかります。

無論、わかったところで取り返しはつかない。しかし、未来は変えられる。
あのときの判断が正しかった、と結果的に振り返れるように努力しようとは思ってます。

第二回放送も楽しみに待っています。

なかったこと

2013年01月26日
残虐を連想させるから使えないって・・・。まずいんじゃないかな。
<引用開始>
朝鮮人「虐殺」消える 関東大震災の副読本 東京都教委 
都教育委員会は24日、都独自の高校日本史の副読本「江戸から東京へ」で、1923年の関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺に関する記述から「虐殺」などの文言を来年度版から修正すると発表した。

変更は、「関東大震災の史跡を訪れてみよう」というコラムの「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」に関する記述。2012年度版は「大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺された」とあったが、13年度版では「碑には、大震災の混乱のなかで、『朝鮮人の尊い命が奪われました』と記されている」とした。

都教委高等学校教育指導課が、副読本の「誤解を招く表現」を再検討。朝鮮人虐殺の記述変更について、担当者は「いろいろな説があり、殺害方法がすべて虐殺と我々には判断できない。(虐殺の)言葉から残虐なイメージも喚起する」としている。副読本を監修した専門家には相談しなかったという。

朝鮮人虐殺をめぐっては、国の中央防災会議は08年、関東大震災の報告書で、流言による殺傷事件の対象は朝鮮人が最も多かったとし、「虐殺という表現が妥当する例が多かった」と認定している。

「関東大震災時の朝鮮人虐殺」の著者、山田昭次・立教大名誉教授(83)は、「残虐でも事実を直視し、反省しないと歴史から学べない。教育の場で真実をきちんと伝えるべきだ」と話す。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201301240488.html?ref=comkiji_txt_end
<引用終了>
残虐イメージ喚起させるって、それは主観だ。そのことのどこが悪いのか。そうするとこの石碑は何であるのか?デマで作られたのかってことになるじゃないか。
記述がなくなれば「そんな事実はなかった」に行き着くまでたいした時間はかからない。

しかも、この副読本。どうやら大逆事件と大杉栄には触れていないらしいのですね。多くの人が弾圧され、幼児まで殺されているのに。そりゃまずいだろう。

では、その後の満鉄や甘粕正彦の歴史も取り上げないつもりなのかしら。
甘粕を出せば当然、満鉄にいく前の経緯も辿らなければならないだろうに。
一体どこの国の歴史になるんだろうって思います。

一方で、日本人にはグローバル化が必要だ、国際語である英語を学ばせなければならないと小学校から英語を導入している。それはまあいいでしょう、しかし。
英語をものにして、世界に出て行けば、アイデンティティや歴史に関わる問いを必ず向けられる。その場で大逆事件とか聞かれたらなんと応えるつもりなんでしょう。
「そんなの学校で習わなかったから、知らない」ではどう受け取られるか。

こいつは、自尊心も教養もないつまらないやつだが、英語はそこそこしゃべれるようだ。
ならばせいぜい利用して使い潰してやろう、となります。冗談ではないぞ。

ブルーマーダー

2013年01月25日
誉田哲也の「ブルーマーダー」(光文社刊)を読了しました。姫川玲子シリーズ最新版です。
<引用開始>
あなた、ブルーマーダーを知ってる? 
この街を牛耳っている、怪物のことよ。

姫川玲子。
常に彼女とともに捜査にあたっていた菊田和男。
『インビジブルレイン』で玲子とコンビを組んだベテラン刑事・下井。
そして、悪徳脱法刑事・ガンテツ。

謎めいた連続殺人事件。殺意は、刑事たちにも牙をむきはじめる。
超人気シリーズ、緊迫の新展開!
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334928551
<引用終了>
元捜査一課で現在、池袋署刑事課強行係係長の姫川玲子がヒロインの人気シリーズ。
これだけを読んでも面白いですがやはり「ストロベリーナイト」「ソウルケイジ」「シンメトリー」「インビジブルレイン」の順で読んでいくことを、お勧めします。登場人物の歴史やヒロインの抱える背景がよくわかります。

前作「インビジブルレイン」で、このヒロインはミスを犯し、自身の捜査班は解体、部下とともに所轄へ散り散りとなりました。さらに辛い別れもあった。

彼女が赴任した池袋署管内で、奇怪な殺人が次々と起こります。
遺体は原型をとどめない形で、骨を砕かれて折り曲げられている。何か固いもので、肩と背中を砕かれ、まるで布団のように折り畳まれて廃墟のビルに放置されている。
被害者は暴力団や振り込め詐欺をする半グレ等。いわば社会の害毒ばかりが狙われます。
現場では被害者の財布などはそのまま。けっして金品目当てではない。凄惨な殺し方からするとあるいは遺恨の線かもしれない。それにしても凄まじい殺され方です。

警察、犯人側、襲われる側、それぞれの観点から物語は進みます。

誉田作品によくでる凄惨な殺人方法。今回は身近な道具が凶器として用いられています。
そんなことでひとの体は動かせなくなるのか、と呆然とさせられました。
その手があったのかと。

凄惨な現場と犯人の凶行の合間に、コミカルな会話が散りばめられていて飽きさせません。
この人の作品の特徴ですが、会話とモノローグのテンポがすごくいいのですな。

テレビドラマにもなり、あちらは竹内結子が主演しましたが原作とはちょっとイメージが違うのですけどね。もうちょっと背丈があればいい。また、部下の刑事に西島秀俊が扮してますが、こちらはイメージにぴったりです。

読み終えてすぐ、続く物語が読みたいと思わせた。ご一読をお勧めします。

隠すと晒すについて

2013年01月24日
建前としては会社の了解もらったそうだけど、実質は記者会からの要望に応えたってことになるのか。釈然としない話です。
<引用開始>
アルジェリア人質、死亡の日本人の名前公表へ
菅官房長官は24日午前の記者会見で、アルジェリアでのイスラム武装勢力による人質事件で死亡が確認された日本人9人の名前について、9人の遺体が25日に日本に到着後、菅氏が記者会見で公表することを明らかにした。

政府はこれまで、人質を出した大手プラントメーカー「日揮」側の要請を踏まえ、被害者の名前などの公表を見送ってきたが、菅氏は、「(日揮側から)理解をいただいた」と述べた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130124-OYT1T00523.htm?from=popin
<引用終了>
実際には名前等の情報が早くから晒されましたね。NHKが口火をきり、テレ朝が追随した。
NW9の大越健介は「公共性が高いと判断し、氏名公表に踏み切りました」とニュース原稿を読む前にわざわざ断っていました。
ということは、了解も根回しもできていないということを意味しますね。大丈夫かなと思っていたら、案の定、次のような情報が出ました。

朝日新聞が、“公表しない”ことを約束に取材を受けた遺族の方を騙し、被害者の実名を勝手に報道。さらに、Facebookの写真も勝手に掲載と話題
http://hibi-zakkan.net/archives/22600735.html

これは酷い。約束を反故にしただけでなく、公共性をたてに居直っているとも聞きます。朝日の抜け駆けを許さないとばかり今度は他社が、暴れだした。

遺族と関係者のもとに押しかけて、傍若無人な振る舞いをしたらしい。
不適切な言い回しをお許しいただきたいが、これでは二次災害とかセカンドレイプとでもいう暴挙ではないか。
公共性というが、覗き見嗜好で扇情を催させるイエロージャーナリズムとどこが違うのか。

よしんばイエロージャーナリズムに徹するというならそれでもよし。しかし、ならば例の大阪市立高校で体罰だか暴力を振るった顧問氏の本名を明かさないのは何ゆえか。ときと場合によって公共性は都合よく使い分けられるものなのだろうか?

加害を疑われる人の権利を護り、実際に被害にあった人の情報は晒す。

それでいてしばしば、記事を書いても自らは匿名で済ますことがある。これはおかしい。公共性を言い募るのなら、最低限フェアネスな態度を採るべきでしょう。

こうした彼らの言動には、ある種の驕慢さが漂っているようです。
筆記試験で難関を通り抜けた自分たちは特別だ。口惜しかったらまず、俺たちの会社に入ってみろよ、とでも言いたいのかね。

これで政府が公表しちゃったら、彼らの犯した愚挙が霞んでしまいます。

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