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勇気を「もらう」

2013年03月11日
震災から今日で丸二年が経過。あと一時間ちょっとで地震の起きた時間がやってきます。
この間、どれだけ復興が果たされたか。復興したうえに何らかの発展が見込めたのか。
地震で引き起こされた二次災害で最大のものである原発事故は収束したのか。

何も果たされていない。それどころか、再稼動白紙を見直すとした首領まで選んでいます。
できれば、なかったことにしたい、辛いものを直視したくないという気分の表れでしょうか。

被災地から勇気を「もらった」という人がいます。この言葉の意味をずっと考えています。
個人的には地震や津波、その後の様子からは衝撃や恐怖、哀しみや憤りを覚えても、勇気を見出すことはできません。そこまでの境地にたどり着くことができない。

「もらう」「もらった」というのはどこかに残酷さが潜んでいないか。
被災地で努力する人たちを心強くも、誇りにも思うし何とか役立ちたいという気持ちはありますが、安易な言葉の使い方や選び方には気をつけたい。

厳粛な気持ちで震災発生の時間を迎えたいと思います。

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