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口寄せ

2013年03月14日
懐かしい名前を発見しました。この人、健在だったんですね。
もっと年かと思ってたら父親とあまり変わらない。
官房長官の長兄は明治生まれではなかったか?年の離れた兄弟ですね。
<引用開始>
特集ワイド:震災2年・豊かさとは 作家・井出孫六さん
毎日新聞 2013年03月11日 東京夕刊

◇自信持ち「小国主義」へ--井出孫六さん(81)
「福島第1原発事故から2年がたちます。だが、現状は事態の収束には程遠い。いまだに第1原発からは放射性物質が放出され続けていますし、仮設住宅に置き去りにされた人々の姿がある。国策が国民に取り返しのつかない犠牲を強いた点で、私には原子力政策と戦前の満蒙(まんもう)開拓計画がダブって見えるのです」

孫文の筆になる「博愛」の書が飾られた自宅の応接室で井出孫六さんは語り始めた。日本の戦後のあり方を深く考え、とりわけ中国残留孤児・残留婦人問題に力を入れてきた。郷里・長野県の人々が旧満州(現中国東北部)に最も多く送り出され、人ごとにはできなかったからだ。執筆や講演活動で問題を掘り下げるだけではなく、国の責任を問う訴訟で原告側証人として法廷に立った。

日本は満州の植民地化を促進するため、1932年から計画的に日本人を送り出した。2・26事件のあった36年、広田弘毅内閣は軍部の意向そのままに満州移民計画を本格化させ、20年間で100万戸、500万人を満州へ入植させる国策を発表。この政策が終戦後、中国に置き去りにされる多くの人々を生む結果となり、中国残留孤児・残留婦人問題の原点となっている。

井出さんは、満蒙開拓計画に関係する出来事の起こった年月日や計画上の具体的な数字を資料を見ずに次々と挙げ、原子力政策との類似点を指摘していく。「当時、満州は抗日運動でテロが頻発していたのに『安全だ、安全だ』と宣伝し、終戦までに27万人以上を移民させました。原子力政策でも安全神話をつくり上げて国民を信じ込ませ、福島第1の事故直前には地震列島上に54基もの原発を並べることに成功していました。ちなみに満州経営に辣腕(らつわん)を振るった少壮官僚の一人が原発再稼働を掲げる安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相です」

国は、満蒙に入植すれば10町(3万坪)から20町もの土地を割り当てると甘い話で誘った。「原発は一般の国民が気付かないうちに過疎に悩む立地地域にお金をばらまき、建設されていった。ともに利益誘導が実現を図る手段です。揚げ句、国策の破綻によって故郷に戻れなくなった人々の姿……まさに同じ構図ではないでしょうか」

その目には強い憤りがこもる。(後略)
http://mainichi.jp/feature/news/20130311dde012040055000c.html
<引用終了>
岸井成格、世良正男といういただけない記者が威張っている毎日新聞にしては良記事です。強く首肯しつつ、何度も読み返しています。
原発政策と満州国経営の類似は思いつきませんでした。そういえばよく似ている。

結局、棄民政策なんですよね。煽って持ち上げておいて、いきなり落とす。アベノミクスで今また繰り返されようとしている。
満蒙開拓団といえば、昨年年明けに放送されたNHK「開拓者たち」を思い出します。満島ひかり、綾野剛、新井浩文らが熱演してましたね。

久しぶりに「秩父困民党群像」など読み返してみたいと思いました。こんな時だから、井出孫六とか松下竜一とかの作品を読み直してみたい。
井出孫六は佐久の出身ですが、郷里の大先輩である竹内好と交流はなかったんだろうか。

記事の中段では「維新という言葉が嫌いだ」と出てくる。強く同感。けっして革命と呼ばないところに、その後ろ暗い本質が出ていると思います。強者の再分配をドレッシングしている。

それにしても毎日新聞。識者の意見として、安倍政権にチクリとしたつもりなんだろうけど、いい加減こういうイタコの口寄せみたいな姿勢はあらためたらどうなのか。たまには社なり、記者の署名で堂々と論陣を張ってみればいいのに。東京新聞の立ち位置は本来は毎日が居る場所。発表報道ばかりに血道をあげてて、かっての〝スクープの毎日”の名が泣きます。

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