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援農アルバイト

2013年03月20日
広島のカキ加工場での惨劇から少し経ちます。
広島のカキ、長野のレタス、栃木のイチゴ。それから今治のタオル、北海道の甜菜(ピート)。一次産業もしくはそれに近いこれらにはひとつの共通点があります。それは外国人労働に頼っているというもの。以前にも書いた「外国人技能実習制度」による派遣労働ですね。

きつい労働に、見合わない低賃金という実態。これだけ見ると雇用者の悪質さが透けて見えるようですが、そう言い切れる単純なものでもない。払いたくても払えないという事情もあります。もうひとつ、日本人での働き手が殆ど確保できないということもある。かなり前からその状態にあったと確信します。

30年以上前に私が大学生であった当時、定期的に下落合にアルバイト探しにいってました。
学徒援護会、という財団があり、そこでは求人情報誌に載らない突発的なバイトや短期バイトを紹介していたのです。学徒援護会は、名前の示すとおりもともとは学徒動員のために作られた官製組織。戦後に目的が変わり、低廉な住まいと奨学金の受付、アルバイトの紹介といった事業をやっていました。

リツのいいバイトだと一日八千円程度のものもありますが、大抵は一日五千円程度の軽作業を募集するものでした。一日から、数ヶ月単位のバイトを常時、掲示板で紹介しており、気に入ったものがその日にあれば予め作っておいた登録カードを、求人番号に対応した棚に放り込みます。定員に達すればそのまま仕事先へ連絡して行き、人気が高いものは締め切った段階で抽選となりました。
一日二回。朝十時と午後二時だったか、受付と抽選があってよく通いました。いつも混んでましたが、その場に居る学生は六割程度が三大学だったような感じ。早稲田・明治・法政の三つ。残る二割が日東駒専に青学に中央。立教とか慶応は殆ど見かけませんでした。

面倒くさがりの私は家から通いやすく、倍率の低そうなものを好んで選びました。殆どはハズレがなく、よくしてもらったバイト先ばかりでした。
一時は、学校より熱心に通ったかもしれない。安い食堂もありましたね。

そんな学徒援護会、夏休みの前になるとある大規模な長期アルバイトを大々的に募集していました。いわゆる援農アルバイトというやつです。

具体的には、北海道に行って十勝での牧場作業。サイロに干草を運んだり家畜に餌をやったり、畑を耕したりというもの。
もうひとつが、網走で海岸に出ての昆布漁というもので、行き帰りの交通費支給、食費・宿泊費を支給して、日給が3500円というもの。それを最低一ヶ月お願いしたいといいます。

それだけきくとなんとなくほんわかとしたイメージがありますが、実態は朝は七時頃から始まって夜七時までの重労働です。アピールの割には人集めに相当苦労していたようです。地元の農協と漁協と自治体が後押しして、かつ文部省の後援までついていました。

行った人の意見を聞くことがありましたが「二度と行かない」という。地元の人に親切にしてもらったし恩義には感じるがとにかくきついといいます。

二十人に一人くらい、また行きたいという奇特な人もいることはいました。
意気に感じて、使命感に燃えた人だったのだと思います。でも、それは稀。

労働の割りには賃金が見合わない、と当時から捉えられていたのですね。

現在でも必要な作業でしょうが、賃金などの諸条件は決して好転してはいないでしょう。
そうなると、現場では外国人技能実習制度を〝利用”するしかなくなります。

例のTPPが進んでしまうとこれら産業は合法的に低賃金の外国人を短期雇用することができるようになるかもしれない。しかし、その前に産業自体が壊滅するかもしれませんが。

これ、経済合理性と効率だけでは判断できない難しい問題です。哲学と覚悟が要りますね。

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