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路(ルウ)

2013年05月02日
吉田修一の新刊「路(ルウ)」(文藝春秋刊)を読了しました。
<引用開始>
1999年、台北~高雄間の台湾高速鉄道を日本の新幹線が走ることになった。

入社4年目の商社員、多田春香は現地への出向が決まった。春香には大学時代に初めて台湾を訪れた6年前の夏、エリックという英語名の台湾人青年とたった一日だけすごし、その後連絡がとれなくなってしまった彼との運命のような思い出があった。

台湾と日本の仕事のやり方の違いに翻弄される日本人商社員・安西、車輛工場の建設をグアバ畑の中から眺めていた台湾人学生・陳威志、台湾で生まれ育ち終戦後に日本に帰ってきた日本人老人・葉山勝一郎、そして日本に留学し建築士として日本で働く台湾人青年・劉人豪。

それぞれ別々に進んでいた物語が台湾新幹線をきっかけに収斂されていく。1999年から2007年、台湾新幹線の着工から開業するまでの大きなプロジェクトと、日本と台湾の間に育まれた個人の絆を、台湾の季節感や匂いとともに色鮮やかに描いた、大きな感動を呼ぶ意欲作。
http://hon.bunshun.jp/sp/lu?page=1
<引用終了>
「平成猿蟹合戦図」や「横道世之介」などに代表されるように、吉田修一の作品はどれも温かい人物が出てくるんですね。しかも決して、明るい作品ばかりではなく映画化された「悪人」だとか「太陽は動かない」といったメランコリックだったりミステリアスなものにも、この温かみが感じられます。
この作品でも、台湾に敷設された新幹線を物語りの縦軸としながら、それに関わったり周辺に生き続ける人たちを、優しい視線で描ききっています。
「路(ルウ)」というネーミングもいい。新幹線の線路であり、それぞれの人物が歩む道のりでもある。
私が思ったのは、スクランブル交差点の路。それぞれの登場人物が四方から人生の大通を渡りきろうと行き交う。ある者同士はすれ違い、ある者同士はぶつかりそうになる。偶然から出会いが始まる。そして、それぞれに連れ立ったり、再び一人に戻ったりして行く先を目指していく・・・。

特に終盤近くで、台湾に終の棲家を定めた人、それを勧めた人のやり取りは涙を誘いました。

それから、舞台が台湾というのもいいですね。私が初めて台湾に行ったのは89年くらいだと思う。長い戒厳令が終わって、大陸中国との新しい関係を模索しだした頃。蒋介石の呪縛から逃れ、両岸関係にそろそろ変化の兆しが出ようかという頃でした。まだまだ、物々しい感じもありましたが、基本的には南国独特の緩さがそれをあまり意識させませんでした。

次のような文章があります。これを読んでいて台湾にまた行きたくなりました。

“あれは誰が言ってたのだったか、香港という町は「流れる景色が世界一美しい」といわれてるらしかった。たとえば二階建てバスの頭上を流れていくカラフルな看板、ビクトリア・ピークへ登るトラムの窓に流れていく高層ビル群。そこで春香はこう思う。香港という町が「流れる景色が世界一美しい」とすれば、ここ台北の町は「立ち止まった景色が世界一美しい町」ではないだろうか。

たとえば路地を歩きながら、ふと濡れたガジュマルの樹に足を止める。そこから広がっていく街角の風景。春香は粥を掬っていたスプーンを置き、実験するようにその場で立ち上がってみた。怪訝そうな屋台のおばさんをよそに、店先から数歩だけ通りへ出て立ち止まる。春香はその場でぐるりと周囲を見回した。屋台に並んだ色鮮やかな果物、湯気を上げる美味しそうな饅頭、走り抜けていくスクーター、お香が立ち込める孔子廟、ふたの開いたポリバケツ、路駐されたベンツ、向こうの空に聳え立つ101ビル・・・。そして道に突っ立っている春香を、不思議そうに見上げている丸刈りの可愛い男の子。
春香は「やっぱりきれいだ」と小さく呟き、男の子の頭を撫でた。「何が見える?」と男の子が訊いてくる。春香は「全部」と応えて、またそのチクチクする頭を撫でた。” (本文414Pより)

こうした温かい物語の舞台は、もはや日本にはないのか?台湾だから成立するのか?
いろいろと考えが湧き上がってきます。

ご一読をお勧めします。今の季節にぴったりです。

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